2012年4月20日金曜日

人と衣服の行き違い(2)【ファッションデザイナーの夢】

眼差される眼差し


フランスへ飛ぼう。

2012年、トレンド発信の地パリでは、人事の発表が一番の衝撃をもって受け入れられる。2005年からジル・サンダーでクリエイティブディレクターを務めたラフ・シモンズが退任し、創始者のジル・サンダー本人が復帰するというニュース*1。それだけではない。2000年から2007年にかけてディオールオムでディレクターを務め、ゼロ年代におけるハイファッションの動向を決定づけたエディ・スリマン。彼がイヴ・サンローランでデザイナーに復帰するという報道は、居場所を失いかけていたファッションビクティム(流行に左右され衣服を買い求める人々)の歓喜を呼び起こした*2

売上の良し悪しがそのまま存在の可否へと転換するこの場ではデザイナー/ディレクターの趣向がメゾンにもたらす影響は計り知れない。あのデザイナーだから買う、あのデザイナーでは買わないというセールスの要件に直結するからだ。どんなに素晴らしい意匠を施された創作物も、売れなければ主張を証明することができない。

退任前、最後のコレクションで人々は衣服の質よりも今まさにカーテンコールへと進みつつあるショウの進捗に心をそばだてられ、終演の刹那にデザイナーがこぼす一滴の歓喜あるいは遺恨?へ共感の視線を投げかける。あたかも服の上で織りなされる人間のドラマを期待していたかのように。

想像力を掻きたてるエロティシズムの資本は、想像力の反復運動のなかで使い果たされる。だから資本はたえず投入され補填されねばならない。(中略)要は、新しい意味作用が別の箇所で発生すればいいのだ。旧い貨幣のようにすり減って、挑発力をすっかり喪失し、無垢な存在として忘却の淵に沈められていた身体部位が、もう一度の投資の対象として甦る。(鷲田清一『モードの迷宮』)

どんな服でも着続けられれば魅力を失ってしまうのと同様に、想像力を資本とするクチュール・メゾンの価値も単一の手法では消費されるのに限度が生じることは言うまでもない。つまり人の手を媒介にしてしか立ち現れえないファッションという現象の見えざる身体。それが自身のシルエットを一つのパターンに収斂させようと試みる人々デザイナー・職人・モデル、ついには消費者すらを取り換え続けるとは考えられないだろうか。

神経症的なこだわりを一着のジャケットに向ける眼差しが、衣服によって僕たちの容姿へも注がれていることを忘れてはいけない。





ファッションデザイナーの夢


これまでの試行によってファッションを届けられる受け手が衣服だけを眼差していないことは理解できた。ではイメージを形/デザインに起こす作り手は衣服を越えた先に何を見るのだろう。渦中の人物ラフ・シモンズの言葉に、その一端が現れている。

質問を投げかけ、提案し、愛を与え、批判もする。すべては対話です。(中略)でも、どんなに素晴らしい服や、素材や仕立てが素晴らしいスーツであっても、私は着ません。私には何も伝わってこないのです。(「ラフ・シモンズが語る、未来の男性服。」VOGUE HOMMES JAPANVOL.8

衣服が衣服だけの問題で閉じることを拒否する姿勢。服を通して浮かび上がってくる対話を彼は求めていた。

わずか半年の間に構想を練り、テキスタイルを吟味し、パターンに落とし込み、実物を立ち上げ、ショウにまとめる。各々の手法に違いはあれど、一般に考えられる洋服作りの作業は線で結ばれている。この途切れのない流れに身を任せることが、どれほど労力を要するかは想像に難くないだろう。この絶え間ない動性のために、ファッションは止まらない。ゆえに、ファッションは感覚に親しむ。ファッションは停滞を許されない。ゆえに、ファッションは思索から遠ざかる。(限りなくファストへ)

1980年代に入ってからパリコレを衝撃で震わせる山本耀司(ヨウジヤマモト)、川久保玲(コム・デ・ギャルソン)、三宅一生(イッセイミヤケ)ら日本人デザイナーの感性を育んだ1960年代という時期は、衣服の主流がオートクチュールからプレタポルテへと移行した期間でもある。一気呵成にパラダイムシフトが押し進められた背景にはファッションを庶民化・普及させる目的があった。贅沢としてのファッションではなく、近代の生活に根ざした「衣」の観念が速度を要請したのだ。

しかし、スタイルの逡巡を通り抜けた現在も、速さの収束は依然として見られない。ファッションを追っていた僕たちが、ファッションの身体に追い立てられている現状。なす術は尽きてしまったのか? そうではない。ラフの言葉に現れたように、行き違いを越えて湧き出すものは必ずあるはずだ。記されたファッションの逆説はすでに一つの方法を指し示している。

「ファッションを止めなければならない。ゆえに、ファッションを感覚から遠ざけよう。」
「ファッションに停滞を許そう。ゆえに、ファッションは思索へと近づく。」

アート展に行き、作品を見て、インパクトがあったとしても、それが何なのかわからない。アーティストが伝えたいことがわからない。作品の意味もわからない。でも、インパクトがある。それが私の言っていることなんです。それが必要なんです。そして、それを必要としている人たちもいるんです。(同インタビューより)




*1・・・さらに411日、ラフ・シモンズがクリスチャン・ディオールのアーティスティックディレクターに就任することが公式サイトから発表された。
*2・・・415日現在、fashionsnap.comの記事は累計で724RTを記録。注目度の高さを物語る。(http://www.fashionsnap.com/news/2012-03-07/yvessaintlaurent-hedislimanei/



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