2012年7月26日木曜日

日々の感情に寄り添いながら――結インタビュー




 フィリップ・K・ディックが1975年に著したSF小説『流れよ我が涙、と警官は言った』の登場人物ジェイスン・タヴァナーが直面したのは、自分が社会から抹消されているという事件だった。彼は存在の証明を取りもどすために東奔西走するわけだが、これはあくまでもフィクションの話。

 実際に現代を生きる僕たちの災難とは共有された認識の中に身をおきつつ何者かでなければならないという倒錯した不安にあるのではないだろうか。Twitterのアイコンから履歴書の志望欄まで、生き方を選ぶとは自分をいかに演出するかと密に関係している。あなたを担保する書類上の地位が社会の基盤をなすからだ。

 御法川修監督『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』高橋泉監督『あたしは世界なんかじゃないから』園子温監督『希望の国』入江悠監督『SRサイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』と次々に出演を果たしているモデルの結さん。役者や2.5Dアニメ部のMCといった仕事のジャンルを越えて活動する彼女は恣意的に演じること/ふるまうこと/装うことについて何を考えているのか。過去から将来への展望を交えながら話を伺った。



悩みから始まる 

  




―――学生時代の事から伺っていこうと思います。日本大学芸術学部の映画学科を卒業されてるんですね。

 :そうです。映画学科の脚本コースで主に映画を撮っていました。それとは別に18歳の頃から学校に通いつつモデルの仕事をしていて。

―――じゃあ映画に出ることはあまりなかったんですか?

 :全然! 一回おばけ役で出演したことはあるんだけど、それ以外はぜんぶ断ってた。単純に芝居に興味がなかったし誘われることもなかったのが大きいかな。学部内にちゃんと演技コースが存在していて役者さんの卵みたいな子がいっぱいいたから・・・・。

―――特にやる必要もないかなと。

 :うん、そう。

―――モデルとか役者に興味を持ちだしたのはいつぐらいなんですか?

 :中学生の頃からファッションモデルも含めてモデルが好きだったの。街中を歩いているとスカウトしてくれる人がいるでしょ。その中ですごく信頼できる人と出会って、この業界が身近になった感じかなぁ。ただ、中高が厳しくて卒業するまで芸能活動が出来なかったんだよね。

―――やっちゃいけない規則というか。卒業した時は声をかけてもらってやり始めたんでしょうか?

 :いや、卒業して声をかけてくれた人を訪ねたら、その人がモデルには関係ない事務所に行っちゃってて。じゃあ事務所を探そうと思ってオーディション雑誌の中から好きなモデルがいる所に応募して始めました。

―――落ちる人もいますよね?

 :十通ぐらい送って、予想以上に落ちたんだよね。厳しい世界なんだなって初めて思った(笑)。今から考えると最初の頃はうまくいかない現実すらも、よく分かってなかったっていうか。なんでうまくいかないのかな、みたいなのもうまく分かってなかったから。

―――掴めないままやられていたんですね。

 :何のせいにしていいかわからなかった。何を変えればうまくいくんだろうっていう。たとえば事務所を変えたらうまくいくのかなとか、もっと良いアーティスト写真を撮ればうまくいくのかとか。でも、思いつくことで出来ることは全部やっているはずなのに、どうしてうまくいかないんだろうって悩んだ時期は長くあった。



衝撃的だった群青いろの作品 

 

―――そんな中で卒業されて初めて出演した映画が廣末哲万監督の『FIT』*1ですよね。東京国際映画祭で上映されるなど注目を浴びた作品でしたが、出演が決まって驚かれましたか?


 :そもそも、なんで映画学科に入っちゃったかっていうと、本当は私、小説家になりたかったんです。同じ学内に文芸学科っていうのがあって、そこを第一志望にしてたんだけど、日芸の受験スタイルって科目数が少なくて、英語と国語と二次試験の創作みたいなのだけだったから他の大学と併せて受けるって厳しかったんだよね。それで、これはマズいと思って映画学科も受けたら、すごく倍率が高かったんだけど合格して。少し調子に乗って文芸学科の方は落ちちゃったの(笑)。

―――なるほど(笑)!

 :物を書くっていう点で脚本コースが近いだろうと思って入ったんだけど、人に指示を出しながら作品を監督することが向いてなくて胃が痛くなっちゃったりしてた。落ち込んでいた時に、サークルのぜんぜん話したことがなかった先輩が「結ちゃん、廣末さんと高橋泉さん(群青いろ*2)の映画が好きだと思うよ」って言ってくれて。見に行ってみたら衝撃的な映画で「ああ、私映画愛せた」って思えたの(笑)。初めて心の底から嘘偽りなく好きだって言える映画をみつけて、トークショーとかにもめちゃくちゃ通ってたんだよね。

―――それはお金を払っていくようなもの?

 :そうだね。ぴあ出身の監督だったから、ぴあのイベントが多くて通っていたら監督が覚えてくださってて。ある日、シブヤ大学っていう・・・・。

―――分かります。キャンパスはないけど授業をやるみたいな。

 :そうそう、ワークショップみたいな。それを彼らがやることになった時に私も行ったら、「いつも来てくれてますよね」って声をかけてくれたの。そういうとこに義理堅い方達で「なんかあの人いつも来てくれてるし、僕らの事をたぶん本当に好きなんだろう」って印象を持ってくれたんじゃないかな。それは新作の映画のスタッフを募集するっていう企画だったんだけど、私が受かって照明持ったりとか、スクリプト書いたりとかで参加させてもらった。

―――じゃあ裏方的な役回りをされてたんですね。

 :ぜんぜん役に立たなかったんだけどね(笑)! それでも作品に関われて嬉かった。その時に廣末さんから「次回出ますか?」って言われて、「はい」って即答してしまって。とにかく関わり方としてどういう方法があるかを考えた時に役者として関われるんだったら関わってみたいって、そういう思いからの行動だった気がする。




―――その後『FIT』はベルリン国際映画祭ですとか香港国際映画祭に回ったんですけど。初めて出演されたことがきっかけで他の映画にも出るようになったんですか?

 :その後に高橋泉さんが『あたしは世界なんかじゃないから』っていう映画を撮ることが決まってて。私も出ることになっていたんだけど、その役がほとんど私自身だったの。撮影が2011年の今ぐらいの時期、6月ぐらいにあって。それがちょうど終わりかけの時に私このままだとまずいと思って。本当に2年間それだけを楽しみに生きてきたから今後、特に生きる予定がない!みたいな(笑)。

―――まだ20代半ばにして(笑)。

 :いやでも、それぐらい思いが強くて。その作品をやってる中で自分ってもっとこうだったらいいなとか、自分の力不足みたいなのを感じたこともあって外に出ようと決めたんです。次、彼らの作品に出る時にもっと成長していけたらっていう思いと、彼らから与えてもらうばっかりじゃなくて「こんなすごいの撮ってきたんですよ」とか、「こんな面白い作品に出たんですよ」って伝えたいって。それで動き始めて初っ端に『こっぴどい猫』っていう映画に出て、その後『サイタマノラッパー』。園子温の『希望の国』っていう今年の9月公開のやつとか、あと23本ぐらいっていう感じ。でも入江さんにせよ、園子温さんにせよ、すごく仕事をしたかった人だから幸せなことだなと思って。

―――良いことですよね。

 :でも群青いろの作品があまりにも好きだから、彼らに「こんなの撮ってきたんですよ」って言える作品がなかなか作れないっていう葛藤があった時期があったのね。その気持ちをそのまま話したら、一個一個、真剣に向き合って、その都度、誰かとコミットしてやっていけば良いんじゃないかなっていう話をされて。その通りだって思っちゃって(笑)。

―――納得しちゃって(笑)。

 :そう。だから今までは自分の好きな作品にばっかり出てたけど、すごく若い子向けの映画とか自分が見たことがなかった映画の類も、現場の人たちと協力して100%やれたら何か新しいことがあるのかなと思って。前まではより好んでたんだけど、それよりも100やることが大事なんだなと今は思う。


1FIT』・・・2010年に東京国際映画祭にて発表された群青いろの作品。廣末哲万が2年がかりで完成させた、狂熱のヒューマンドラマ(公式サイトより)。
2群青いろ・・・高橋泉(たかはし いずみ)と廣末哲万(ひろすえ ひろまさ)が2001年に結成した映像ユニット。インディペンデントな映画を撮り続けている。


絵のモデルとして山本耀司に出会う 


―――今、モデルとして活動をされてるのは役者と比べてどれぐらいの量なんでしょうか?

 :半々ぐらいですね。

―――学生の時に比べれば段々減ってきているのですか? 

 :いや、減ってはないんですよ。役者の仕事が増えてきたから、それに追いついてる感じかなぁ。ファッションの仕事は出てる雑誌の年齢とかは変わってきてるけど、あんまり変わらないはず。

―――事務所の意思とかではなく、自分の意思で?

 :2年前に芝居のことを応援してくれる所が欲しいなって思って今の事務所*3へ移籍したんだ。特にバックアップしてくれるとか、芝居に対してマネジメントして欲しいっていうよりかは応援してくれる所がいいなと。この事務所は変わってて、役者をやってるのは私だけなんだけど、どの人もアーティスト活動をリンクさせようとしてるの。アパレルやってる自分とモデルやってる自分を繋げようとか、音楽やってる自分とモデルやってる自分をとか。違うジャンルだけど惹かれる人がすごく多くかったから移籍したんです。




―――山本耀司さんとのお仕事のきっかけは?

 :とにかく耀司さんとずっと仕事がしたくて。プレスの人から事務所にアートに興味があってそういう活動をしている子を探してるって話があって、絵のモデルの依頼が来たの。私そういうのは一回もやったことがなかったんだけど。

―――絵を描くモデルというと?

 :美術モデルみたいなものを想像してもらえば。絵のモデルなんて初めてで勝手は何も分からなかったけど、一緒に仕事ができる機会を逃してなるものかと思って。絵を描くってことは、うまくいけば一回で終わらないんじゃないかなと想像したんだよね。

―――後まで続くだろうと。

 :うん。それまでのオーデションでは一度も話す機会がなかったから本当に緊張していたんだけど、ちゃんと言葉を交わしたいと思って。緊張して行って無言で帰ってくることだけは絶対に嫌だなと思って行ったな。初めてお会いして、最初から同じ目線で話してくれたの。私それがすごく嬉しかった。モデルをやってくれる子には芸術が好きな子を探してるって言われて私が映画を撮ってた話とか映画に出てる話とかをしたら意気投合して・・・・。

―――今度、山本耀司さんが日本のデザイナーとして初めてという絵の展覧会*4をやられるのはご存知ですか?

 :それのモデルをやってます。

―――あー! なるほど、それでですね!

 :私は去年の夏ぐらいからずっとモデルをしてます。油絵もかなり溜まってきてたりして。耀司さんも新聞とかのインタビューで絵を描いてるってことは前から公言してたんだけど。

―――モデルが結さんだっていうのは知らなかったです。すごいですね。

 :耀司さんと絵を描くのが本当に楽しくて。去年の夏、耀司さんと初めてお仕事をご一緒したとき、「お前はただのファッションモデルじゃない」って言ってくれたのが本当に嬉しかった。「何かを表現しようとしているから僕はそこに惹かれる」って言われて、本当に私が一番モデルをやってて良かったなって思ったのはその出来事かもしれない。ああ、伝わったな!っていう瞬間がたまにあるんだよね。

―――伝わったな、というのは思っていたことがという意味でしょうか?

 :うん。私が何かやりたいっていうことが、たとえ色々呼ばれてCMのモデルです、とか雑誌のモデルですとか、そこで何か表現したいなっていう気持ちを作り手の意図とか込みで、彼らの意図を汲んで表現したいんですよっていう気持ちが伝わった瞬間はとても嬉しいな。もちろん耀司さんだけじゃないんだけど、本当に末長くご一緒出来たらと思う。

―――話しだすと止まらなそうですね(笑)。

 :私は芸術が好きなモデルを探すという目的で偶然に出会ったし、そこを変に恐縮してしまっても意味がないと思ったから、正面から関わっていく中で確かな関係性が築けたのかなと感じてる。仮縫いのモデルで会っていたら、そういう関係性は作れて無かったと思うんだ。同時に耀司さんは私が作るものとかにも興味を示してくれて「どんな映画が撮りたいの?」とかそんなことまで聞いてくれて、不思議な関係性でもあるなって。


3 BARK IN STYLE・・・2008年設立のモデル事務所。
4「デザイナー山本耀司が描く絵画の世界」・・・ヨウジヤマモト青山店で2012611日(月)-630日(土)に開催された絵画展。デザイナー山本耀司が描いた絵画作品が展示された。


使命感、「君と僕の世界を作る」 




 :耀司さんのように自分の言葉で喋る人って少ないんじゃないかな。表層をすくっていくような表現が多いから、+αでどういう風に好きかとか、知らない人にどう伝えるかっていうところで自分の言葉で発信してる姿に憧れてて。私は役者とかモデル業とかそれなりに幅広いジャンルで活動してるからこそ、絶対に自分の言葉でやりたいと思ってるの。好きな人と仕事する時もそう。自分の言葉で伝えたらその人にも伝わるし、その人が好きな人にも伝わるから。そこだけは絶対にぶらせたくない。

―――バランスとしてどう意識されますか?

 :どっちにも寄りすぎないというか、コアになるでもなく誰にでも分かりやすくなるでもなく、なんだかよく分からないけど遠い世界でもなく興味を持ってもらえるラインっていうのを探していきたい。そこをなんとかして形にしていきたいですね。

―――役者もモデルもそうなんですが、意図するものであると同時に意図されるものであると思うんです。発信する側と受け取る側のちょうど中間から発信するということについて結さんはどう考えてらっしゃいますか?

 :そこは私、分けていないのが自分の一番の特徴だと思っていて。何かしらの作り手というか、監督だったりとか編集者だったりの意図が自分の感覚に触れたところを100%発信していこうっていう。例えば雑誌の仕事で編集の人がなんとなくイメージで、こういうページにしたいなっていう設定があるんだけど、その考えだったり設定がイメージのままで留まっていることがあって。それをなんとかしてアウトプットしたい。

―――なるほど。演じる時の気持ちとしては自分に向かってきた意図を拡張して届けるイメージなんでしょうか。それとも、しぼって届けるイメージ?

 :シャープにする感じ。言葉にはしなくても伝わる時ってあると思うんだよね。シャープにしたからといって君と僕とっていう世界を作ることを諦めなければ、どんな広がり方もすると思うし。とにかく作品でコミュニケーションしようとしてる人っていうか、すごい情熱家だとか、すごい努力家だとか、忍耐強いからとか、そのことを言葉に出すよりも真摯に作品と真面目に向き合ってる人は大好き。作品で世界と、誰かと通じ合いたいって、「できる」ってことを諦めてる人が私は一番ダメだと思う。消費者だとか視聴者とって、どこまで広い広がり方をしても一対一だと私は思ってて。そこのコミュニーションができなければどうしようもないなと思うから伝わると思って喋るし、伝わるとすごく嬉しい。

―――コミュニケーションは人と人の意識の間にある出来事だと思うんですけど、完全に分かりあえると思ってコミュニケーションされますか?

 :どうだろう。コミュニケーションする時って自分の気持ちが他の人に届いて大きな振動をそこで呼び起さなくても伝わると思うし。伝えた先で逆に相手が自分に与えてくれるんじゃないかとか、自分に届けてくれるんじゃないかなって信じることで。そこでは全てが共感に繋がるわけじゃないから、それで生まれてくる声を聞いてみたいと思う。そういう意味で正直なものが好き。

―――正直者が好き。

 :正直者が好き(笑)。商売人って正直だとやりづらいっていうか、クリエイターもそうなんだけど正直であればあるほど引かれてしまうっていうのもあるとは思うけど。

―――結さんは正直な気持ちを爆発させて演技だとかモデルをする方ですか?

 :私はそっちが好き。役者に誘われてやってみたいって思ったのは映画に関われる関わり方が許されるんだったらやりたいって思ったというのもあるんだけど、あわよくば実生活で喜怒哀楽があり余ってるから、それをなんとかしたい気持ちが強い。自分の人生の中でこんな思い別にしなくてよかったんじゃないかっていうことを一つの作品に成分として埋め込みたいっていう思いがあって。それってモデルの仕事だけじゃ発散しきるのは無理で。そういった中で映画はあってると思うんだよね。

―――そういう場を探してらっしゃるんですか?

 :探してはいないんだけど、自分の気持ちを持てあましてしまうから。

―――生活という日常に対してモデルとか役者がいるところは切りとられた非日常の空間だと考えているのですが、そこへ帰っていくようなイメージを持たれたりはしますか?

 :それは違うかな。作る側にしたら逆にそれが彼らの日常だと思うから、非日常っていう感覚はない。非日常だと作り物になっちゃうから。設定だったり、その世界の中の日常があると思ってる。それが私に役として渡されるってことは完全にかけ離れてはいないはずで。自分の中にある日常の感情を頼りに役を作るし、逆に自分の人生において何の役にも立たない執念みたいなものもここで報わせるっていうか。成仏させてあげるわけじゃないけど、そういう気持ちはあります。

―――ありがとうございます。では最後に今後の展望を教えてください。

 :どうなっていくんだろうって私自身が思いながらやってます(笑)。結構大きな風呂敷を広げちゃったなと。ずっと言ってるんだけど、ファッションなり映画なりアニメなりジャパニーズカルチャーにまつわることに携わってるっていうのが私の特徴だから、そういうものを実体がない状態のままにするんじゃなくてアイコンとして実在したいと思う。例えば映画好きの人とかファッションが好きな人とかアニメ好きの人って、最近は少し近づいたとも思うんだけど、そういう人たちが一本の線になれたらいいなと思って。大きなことを言ってしまうけど、媒体を越えて発信していけたらいいと思います。





オフィシャルブログ『結ものがたり』
http://ameblo.jp/yui-barkinstyle

オフィシャルTwitter(非常にゆるい)
https://twitter.com/xxxjyururixxx

【映画】
7
28日公開 今泉力哉監督『こっぴどい猫』
2012
年秋公開 園子温監督『希望の国』
2013
年春公開 御法川修監督『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』

【舞台】
ホチキス『クライシス百万馬力』
2012/09/13(
) 2012/09/16()シアタートラム

Ust番組】
USTREAM
番組「2.5Dアニメ部」MC
(月1回ソーシャルTV局「2.5D」にて放送中)

【本】
7
17日発売『文学少女図鑑』




0 件のコメント:

コメントを投稿